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静岡地方裁判所沼津支部 昭和33年(ワ)462号 判決 1959年10月12日

原告 国

訴訟代理人 館忠彦 外六名

被告 株式会社静岡相互銀行

主文

被告は原告に対し、金八十万円およびこれに対する昭和三十二年十二月五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は金二十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告代理人は主文第一、二項と同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、訴外丸幸商事株式会社(以下訴外金社と略称する)は、昭和三十二年十二月五日現在で、同年分法人税(重加算税、利子税および延滞加算税を含む)金百九十五万六千三十一円を滞納していた。

二、静岡税務署長榊原礼一は、右滞納金を徴収するため、国税徴収法第二三条の一の規定によつて、昭和三十二年十二月五日訴外会社が静岡市八幡本町一丁目岡田清一名義で被告銀行静岡支店に対して有する別紙目録記載の普通預金債権を差押、即日右債権差押通知書を同支店に送達した。

三、よつて原告は被告に対し右によつて差押えた普通定期預金債権元本八十万円とこれに対する右差押通知送達の日である昭和三十二年十二月五日から右預金満期の昭和三十三年七月三十一日までの年六分の割合による約定利息並びに、右の翌日同年八月一日から完済に至るまで商事法定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ

被告の抗弁に対し

(イ)  被告が被告主張のような、手形上の債権を訴外会社に対して有していたこと、相殺の意思表示をなしたこと、はいずれも知らない。

(ロ)  たとえ右事実が認められても相殺の効力はない。

すなわち、支払の差止をうけた第三債務者は差押前に取得した債権を自働債権として差押をうけた債権とを相殺したときは、その相殺をもつて差押債権者に対抗できることは差押が国税徴収法による滞納処分としてされた場合でも同様であることは被告の主張するとおりであるが相殺によつて債務消滅の効力が生ずるためには、滞納処分による差押前に自働債権と受働債権とが相殺適状にあることが必要であつて被告の自働債権として主張する手形債権は差押の日である昭和三十三年十二月五日の後である同月六日を支払期日とするものであつて同日弁済期到来によつて相殺適状となつたものであること被告の自認するところであるから被告の相殺の意思表示は効力を生じない。

と述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告主張事実のうち訴外会社が法人税を滞納したことは知らないがその余の事実は認める。と答え。

抗弁として

(1)  被告は昭和三十一年七月十六日訴外会社と訴外望月幸雄連帯保証の下に手形取引契約を締結し昭和三十二年十二月五日当時訴外会社振出の額面金八十万円振出日同年十月八日、満期同年十二月六日、支払地、振出地静岡市、受取人被告なる約束手形を所持していた。

(2)  原告は同年十二月五日訴外会社に対する法人税滞納処分として被告に対し訴外会社が岡田清一名義でなした別紙目録記載普通定期預金の差押をなし被告にその旨の通知をして来たので翌六日被告は右差押えられた定期預金債権については期限の利益を放棄し、同日を支払期日とする(1) 記載の金八十万円の手形債権を以て相殺する旨の意思表示を原告になしたからこれと対当額で岡田清一名義の定期預金債権は消滅した。すなわち国税徴収法による滞納処分として債権差押がなされた場合国は滞納者である被差押債権者に代位して第三債務者に対し被差押債権を取立てうるにすぎないから国は滞納者に対しては他の債権に優先する関係にあるけれども第三債務者に対しては私法上の一般的な債権関係に立つにすぎないから第三債務者が滞納者に対して有する差押前に取得した反対債権で差押後といえども相殺をなしうることは当然であるからである。

と述べた。

立証<省略>

理由

原告主張事実のうち訴外会社が昭和三十二年十二月五日現在において同年分法人税金百九十五万六千三十一円を滞納していたことは成立に争いのない甲第一号証の一によつてこれを認めることができその余の原告主張の事実については当事者間に争がない。

そこで被告の抗弁につき判断する。原告が不知を以て答える乙第二号証(約束手形)の記載成立に争のない乙第三号証の一、二と証人望月幸雄、同堤敏夫の証言とをそう合すれば被告は昭和三十二年十二月五日当時から訴外会社が被告にあてて振出した額面金八十万円提出日昭和三十二年十月八日満期同年十二月六日支払地振出地ともに静岡市なる約束手形の所持人であること、右手形債権の満期である同年十二月六日訴外会社に対する右手形債権を自働債権として原告から差押えられた訴外会社の被告に対する岡田清一名義の別紙目録記載普通定期預金債権につき被告は期限の利益を放棄してこの預金債権を受働債権として相殺する旨の意思表示を原告に対してなしたことが認められる。

しかして、国が滞納者の第三者に対する債権を差押えた場合においては、国は差押によつて被差押債権の取立権を取得し、滞納者に代つて債権者の立場でその権利を行使し得るだけで、第三者たる債務者の有する相殺権を制限するものではないから原告が滞納者である訴外会社の被告に対して有する別紙目録記載の預金債権を差押えた本件にあつても被告は差押前に取得した債権をもつて被差押債権たる右預金債権と相殺することができることは被告の主張するとおりであるが、相殺により双方の債権が対当額で消滅の効果を生ずるのは自働債権と受働債権とが相殺適状にあることを要し、この相殺を為すに適した時に遡つて相殺の効力が生ずるのであつて被告が相殺によつて差押債権者に対抗できるのは差押前被差押債権の消滅の効果が生じていることによるものであると解すべきであるから差押をうけた被告が受働債権につき期限の利益を放棄しても前記認定のとおり、被告の有する約束手形金債権は昭和三十二年十二月六日に満期到来により被差押債権である定期預金債権と右手形債権が同日初めて相殺をなすに適するに至つたのであつて原告が差押をなした同月五日以前には遡ることはできないから被告はその主張の相殺を以て被差押債権の差押当時消滅をしていたことを主張することができず、原告に対して本件相殺を以て対抗することができないものというべきであるから、被告の抗弁は採用できない。

よつて他の抗弁の主張のない本件にあつては原告の被告に対する本訴請求はすべて理由があり正当としてこれを認容し訴訟費用は敗訴した被告の負担とし、仮執行の宣言を附するを相当と認め主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木大任)

差押債権目録

預入年月日

預金の種類

証書番号

預金額

満期日

昭和三二、七、三一

普通定期預金

第一八八六号

金八〇万円

昭和三三、七、三一

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